花火大会における拍手の考察

そろそろ花火大会の季節も終盤でしょうか。

今年もすでに2回見に行き、テレビで1回見ました。
今週末にもう1回見に行く予定です。


で、いつも思うのが花火大会での拍手。
構成の区切りのラストで、派手なやつとか連発で上がったあとに拍手が起こるじゃないですか。


あれはなんなのかと。
 

つまり、あの拍手はどこに向けられたものなのかと。


花火そのものに拍手してるのか。
それとも花火師に拍手してるのか。


あの言いようのない違和感はいったい何なのか。


テレビでスポーツを観ていて拍手する人もいる。
拍手する相手はもちろん選手に対してだ。
これがコンサートだったら演奏者。

いや、まてよ。
テレビでコンサートを観ても拍手はしないよなあ。


演劇だったら、盛り上がったところやカーテンコールで拍手が起こる。
この拍手は演技者に対してのものだ。
しかしテレビで演劇中継を見ても拍手はしない。

映画の場合はどうか。
映画のクライマックスや観終わったあとに拍手する人はいないですよね。
だってそこに俳優はいないし、スクリーンに対して拍手しても意味がないし。
フィルムを再生してくれる係員に対して拍手するわけでもないから。


これは単純にライブかそうでないかということで分けられる。
ライブだったらその場で観客の反応が出演者に伝わる。
しかしテレビや映像では、拍手しても出演者に伝わるわけじゃないから意味がない。

しかしいくらライブとはいえ、展覧会に行って絵やオブジェの前で拍手する人はいません。
仮にその場に作品の作成者がいたとしても、その人に拍手などしない。


しかしその論理でいうと、テレビでスポーツ観戦しながら拍手するという疑問が解消しません。
ライブではないのに拍手してしまうから。


たぶん花火はこれと同じシチュエーションなのではないか。


花火そのものに拍手をするといっても花火はもう消えてるし
花火師は事実そこにいるわけだけど、どんな人なのかは見えないしまるでわからない。
拍手は花火そのものに対してでも、花火師に対してでもない。


ということは。


すごい花火が打ち上がったという事実そのものに対して
ということなんでしょう。


テレビでスポーツ観戦をして拍手することを先ほど
「拍手する相手はもちろん選手に対して」
と書いたけど、この論理でいくとこれは誤り。


すごいプレーが行われたという事実そのものに対して
ということになる。


ただし、それでもある種の興奮がともなわないと拍手はしません。
テレビで花火を観ても拍手しないのはそういうことなのではないでしょうか。
花火大会をライブで見ることに、すでにいくらかの興奮がともなっているということなのでしょう。


ライブ=臨場感=興奮

と仮定すれば、演劇でもコンサートでも、ライブであれば興奮をともなう。
=拍手をする。

映像はライブではないから興奮度は下がる。

しかしスポーツ観戦は映像でも興奮する。
=拍手をする。


結論としては、
興奮をともなう事実に対して
としておこう。


たぶんそうだ。
うん。

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