叙述トリック
私がミステリ、なかでも新本格と類される80年代後半から90年代にかけての若手作家による作品にハマったのは、おそらく多くのミステリファンがそうであるように、私も例に漏れず「かまいたちの夜」が発端でした。
原作の我孫子武丸氏の作品「殺戮にいたる病」で一気にその魅力にとりつかれ、我孫子武丸から綾辻行人へと当然のようにシフトしたクチです。
「殺戮にいたる病」は叙述トリックの金字塔といわれ、今でもその衝撃は忘れません。
数あるミステリの中でももっとも好きな作品の一つです。
叙述トリックってのは小説だからゆえに成立するトリックで、それ以外のメディア、映像や舞台等での再現は難しいトリックです。
簡単にいえば、男だと思って読み進めていた主人公が実は女だったというように、叙述する段階で読者をミスディレクションするというか、だます手法ですね。
映像化が難しいという理由はそういうことです。
私の場合は何も考えずに読み進め、いや、いろいろ考えながら読んではいるのですが、難しい方向に考えてしまったり的外れな推理ばかりで、最後の最後でコロッとだまされるのです。
著者の思うつぼです。
先の「殺戮にいたる病」は、猟奇殺人を繰り返す犯人の名前、犯行の手口や情景が明確に叙述されながらも、最後のたった一行で見事に読者をだまします。
そして真相を知った読者は少なからず本文を読み返し、いたるところに散りばめられた伏線に納得するのです。
綾辻行人氏のデビュー作「十角館の殺人」も、ある登場人物の一言ですべての謎が解けます。
アガサクリスティの名作「そして誰もいなくなった」よろしく、絶海の孤島に集められた若者が、姿なき殺人者に一人、また一人と殺されていきます。
この作品も絶対に映像化できません。
これらの名作がテレビなどで映像化されないのは、叙述トリックだからこそです。
字面で読者を想像の世界に引き込む時点で、いかに誤解を与えた状態で展開させるか。
そして最後の最後でその誤解をあっさり解く、というか、たった一言サラッと書いてあるだけ。
ここで素直にきれいにだまされるのが、ある意味、爽快なのです。
この二作は私の中での最高峰ですが、どちらも決定打となる一文は覚えています。
それくらい、衝撃的だったのです。
叙述ミステリにはじめて触れた作品でもありますしね。
ま、人によって好き嫌いはあると思うし、賛否両論はあると思いますが。
最近読んだものでは、乾くるみ著「イニシエーション・ラブ」ですね。
内容はごく普通の恋愛小説ですが、最後の最後で「えっ」となります。
読み終えた直後はよく意味が分からず、さほど衝撃はありませんでした。
しかしあとあとネットで解説サイトを見ると、その奥深さに気づきました。
叙述トリックの原則は「フェア」であること。
叙述の中に堂々とヒントが書かれているにもかかわらず、誤解したまま、あるいはいいようのない違和感に付きまとわれたまま読み進めて、最後に「ああ、そうか!」となる。
どこにも書かれてないことを最後に出して「実はこうでした」ではダメ。
ちゃあんとヒントは出されている。
それに気づくかどうか。
途中でわかっちゃったら、それはそれでいいかもしれない。
だけど最後までだまされ続けて「ああ、そうか!」という感動が叙述トリックの醍醐味。
ヘタに解こうとせず、何も考えずに読んだ方がいいのかもしれません。