由緒ある系譜 2

前回に引き続き、マニアックなお話です。
今回はさらにマニアックです。興味のある方だけお読みください(笑)。

前回、「神武以来2600年はアヤシイ」と書きましたが、今回はそのお話です。

天皇家がそもそもいつごろから存在し、天皇という制度がいつごろから行われてきたのかは定かではありません。
しかし、初代天皇から現在の天皇までの系譜と、歴代のすべての天皇がいつからいつまで在位していたかは、実は記録が残っています
それなら明白じゃないかと思われるかもしれませんが、実はこれがクセモノ。


まず、初代の神武天皇というのがまずアヤシイ。
日本最古の歴史書「古事記」「日本書紀」には、即位したのが紀元前660年と記されています。

しかしこの2冊が書かれたのは8世紀のはじめ。
紀元前660年なんて、当時からしても1300年も前の話です。
たぶん日本にはまだ文字すらも存在してなかったでしょう。


これはアヤシイ。


結論から言えば、おそらくこの神武天皇という人物は実在していません
実在したか、あるいはモデルとなった人物がいたとしても、紀元前660年という即位年はウソです。
作り話です。

ではなぜ架空の天皇をでっち上げる必要があったのでしょうか。
「古事記」「日本書紀」が書かれた8世紀当時、天皇家はまだ歴史が浅く、他の豪族からナメられてはいけない、「日本の王は神代の時代から続く神々の子孫」だとしたほうがハクがつくからでしょう。

そこで、たかだか200年ほどの歴史しか持たなかった(後述)天皇家は、千年前の神様を作り、天皇家はその子孫だとでっち上げました。
それが「古事記」「日本書紀」です。
面倒なので、以下「記紀(きき)」と略します。


最近のさまざまな研究で、初代~14代あたりまではほとんど架空、15代~25代くらいまでがいたりいなかったり、 26代以降はほぼ実在とされています。

2代~9代などは「欠史八代(けっしはちだい)」といって、実在しない天皇としてほぼ通説となっています。
第6代「孝安天皇」などは、「古事記」によれば123歳、「日本書紀」によれば137歳となっています。
ホンマかいな。


記紀はうそっぱちだらけのいい加減な資料だといえます。
アヤシすぎる。

しかし、まるっきりデタラメばかりというわけでもありませんが。


ところで、追号に「」という字がつく天皇は歴代124人中、3人います。
初代「神武」、第10代「崇神(すじん)」、第15代「応神(おうじん)」の三天皇です。

名前に「」と付けるくらいですから、その天皇はよっぽど何か特別な存在なのでしょう。
徳川15代将軍の中でも、初代「家康」はとして崇められているくらいです。
しかし初代天皇は一人のはずなのに、他に二人も「神」がいるということは…


その天皇の前の代でそれまでの血筋が途絶え、別の一族が天皇家になったということでしょう。


だから今の天皇の祖先は第15代「応神」となるわけですが、実はこの系統は第25代「武烈(ぶれつ)」で途絶えてしまいます。
その次の第26代目は、応神天皇の5世の子孫という「継体(けいたい)」が即位し、この系統が現在まで続いています。

しかし5世の子孫って、そうとう離れてますよ?
孫の孫の子供ですから。
あなたのお父さんのおじいちゃんのおじいちゃんて、どんな人だったか知ってる人います?

なわけで、継体天皇は応神天皇の血を引いておらず、別の一族である可能性もあります。
いずれにしても「体を継ぐ=継体」というわけで、「武烈」で一旦途絶えた系譜を継いだ「継体」こそが、現天皇の祖といえるでしょう。

継体天皇の即位が507年ですから、記紀が成立した720年当時の天皇家は200年そこそこの歴史しかないわけです。
ってことは今年は継体天皇即位1500年記念だったというわけですか。


初期の頃の系譜が不明確ではありますが、それでも継体から現在に至る1500年の歴史はほぼ確実でしょう。
世界的にみても、1500年も続く王家がいまもなお存続している国って日本だけではないでしょうか。

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