裁判員制度、っていうか…

裁判員制度について、関わりたくないという国民が8割以上にもなるそうです。
今回はこの8割以上の国民の方々に物申したいわけで。

確かに一人の人間の人生を左右する刑事裁判の審理、判定に参加するのは荷が重過ぎるという意見もわかります。
法律や裁判に詳しい専門家に任せた方が安心、という気持ちもわかる。

しかしですよ。

最終的な判断を下す裁判官は所詮、国の役人です。
刑事裁判というのは「個人」対「国」の争いですから、国に都合の悪い判定をし続ける裁判官がいたとしたら、当然、その裁判官の立場は危うくなるわけですよ。
左遷とかね。

このへんの話は、映画「それでもボクはやってない」でも触れられています。

痴漢冤罪の人を無罪にする判決」、これって当たり前ですよね。
しかし、これは警察という国家機関に対する「あてつけ」になるわけです。

裁判では、「ちゃんとした調べも、裏付けも取らず、一方的に誤認逮捕した警察に落ち度があった」と評価されるわけです。

これでは警察の威信に関わる。

警察は威信を守るために、証拠隠滅、組織的な口封じ、なんでもやる。
というか、権力にモノを言わせてなんでもやる。
だから裁判では何がなんでも有罪に持ち込ませようとする。

なんだかんだ言って、国家権力は強いですよ。
「国民のため」ではなく、国はあくまでも「国のため」の組織だなって思います。

国の都合でこんな不当な裁判を許しちゃいけない、と思うなら、裁判員制度にはやはり積極的になるべきかと。
もちろん、裁判員制度でわれわれ国民が審査に参加する裁判は殺人などの重犯罪で、痴漢などの軽犯罪には参加しませんが。

裁判員制度のみならず、身近なところでいうと選挙など、国政には積極的に参加するべきです。
それもただその場のノリや言動に惑わされないで、自分で何が正しいかを見極めることが重要です。
国の政治は人まかせで、ただ「戦争反対!」「増税反対!」なんて言ってるだけじゃイカンと思うのですよ。

国はもう当てにはできない時代になっています。
年金だってそうです。
20年後、30年後の年金がどうなっているかは火を見るより明らかです。

このままこの国を放っておいたら、いつの間にか戦場に狩り出されることになりますよ。

だって現に教育基本法が改正(改悪?)され、防衛庁が防衛省に格上げになり、憲法まで変えようとしている。
正々堂々と戦争ができる国になりつつあるじゃないですか。

って、これが70年前だったらオレ、ぜったい捕まってるよなー

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