死ぬということ
自殺しようとする夢を見ました。
ひとり静かに死のうとするのではなく、周囲の人々に別れの挨拶をして回り、自殺を励まされるのです。
しかも妻の付き添い付きです。
いや、妻も死のうとするわけではなく、周囲の人々に挨拶して回るときに妻が同行しているのです。
具体的にいうと、最寄り駅の近辺で「がんばってね」といったようなことを言われるのです。
なぜ最寄り駅の近辺なのかは謎です。
芝居を一本打つときのような、あるいはなにか特別思い切ったことをしようとするときのような心境です。
私自身、これから死ぬんだというよりは、バンジージャンプでまさにこれからジャンプするときのような「どきどきワクワク」感だったのです。
みんな、すごい笑顔でした。
しかし、いざ死のうとなったときに躊躇しました。
首を吊るのか、手首を切るのかといった具体的な方法をどうするかといったこともさることながら、死に対する恐怖が私に死ぬのをためらわせました。
ためらっているうちに、目が覚めました。
なんともヘンな夢でした。
私は普段、死ぬのが怖いとは思っていません。
いや、銃を向けられたり、ビルの屋上から身を乗り出したりしたときは怖いですよ。
銃を向けられたことはありませんが。
でも包丁を突きつけられたらやっぱり怖いと思います。
死という自然現象そのものを運命として、あるいは自然の摂理として受け入れる覚悟がある、ということです。
どんなにお金や物を持っていても、死んだら何一つ手元には残りません。
自分の体さえ、自分のものではなくなります。
この世が物質世界だというのは、こういうことです。
人が死を恐れるのは、自分の財産を失うのが怖い、と思っているだけなのかもしれません。
もちろん家族や友達が悲しむという理由もあるかもしれません。
あるいは、死んだあと、自分がどうなってしまうのか誰にもわからないからかもしれません。
「死んだら自分の意識はどうなってしまうのか、確かめたいから試しに死んでみる」
というわけにはいきません。
いったん死んでしまったら、元の状態には戻れないことは事実としてわかっているからです。
私が夢の中で死ぬのをためらったのは、やはりどこかで死を恐れているということでしょうか。
夢判断によると、自殺する夢はいい夢のようですが、ここ最近、あまりいいことはないのですが……